耕さない畑で見つけた、小さな希望

2016年の夏、工業畜産による家畜たちの飼育環境に衝撃を受け、自身の食生活が大きく変化したことをきっかけに、僕は初めて「食」と正面から向き合うようになった。日々口にするものの背景にどれほどの手間や時間が費やされているのか──そんなことを考えるようになっていたある日、友人の祖父が営む畑で里芋の収穫体験をさせていただいた。そのときの感動は今でも鮮明に覚えている。そして何よりも、畑に立つその祖父の姿がとてもかっこよく見えた。

しかし、同時に心の中には一抹の後ろめたさも残っていた。ただ収穫という“最後の美味しいところ”だけを味わわせてもらった自分に、どこかで引っかかりを感じていたのだ。作るという行為に関わってみたい──その気持ちが芽生え、友人の祖父のご厚意で小さな畑をお借りし、家庭菜園を始めたのが僕らと農業との出会いである。

最初は慣行的な方法を参考に、化学肥料も使いながらナスやミニトマトを育てた。収穫できたときの喜びは大きく、野菜を作るという行為がこれほどまでに心を動かすものかと、自分でも驚いた。そして次第に、「もっと広い畑で、有機的な方法でやってみたい」という気持ちが湧き起こり、“湘南 有機農業”と検索した結果、藤沢市の相原農場に辿り着いた。

夏の暑い時期に援農ボランティアとして通い始めたのも、現場の厳しさを体感した上で自分の気持ちが本物かを確かめたかったからだ。何度か通ううちに、「やはりこの道に進もう」という確信を得て、2017年11月から相原農場での一年間の研修生活が始まった。

研修中に紹介していただいた小田原市の久保寺農園にて、初めて不耕起栽培という農法と出会った。鎌一本で畑に立ち、草を刈る。そのシンプルな作業の中に、大きな意味と喜びがあることを知り、耕さないという選択が、どれほど深く自然との関係性を築くことに繋がるか──それは直観的でありながらも確かな手応えを持った出会いだった。

以降、神奈川県茅ヶ崎市にて夫婦で新規就農し、不耕起栽培による営農を実践している。営農初期から一貫して感じているのは、土は耕さずともその本来の機能を十分に果たすという事実である。ミミズや微生物を含めた土中生態系の働きによって、土は生きている。むしろ人為的な干渉を控えることにより、自然の営みはより豊かに現れる。しかし、それだけに営農としては難易度も高く、実践者が少ないのも事実である。

草との関係性もまた、重要なテーマである。僕たちは“雑草”という言葉を使わず、総じて “草”と呼んでいる。草はそこにあるべき理由があって生えており、単に除去対象ではない。草の存在は、地温の調整、乾燥の防止、土壌微生物の保護、虫たちのすみかなど、多様な役割を果たしているのだ。

不耕起という手法は、土の炭素貯留能力を高め、耕すことで放出される二酸化炭素の量を抑制する。さらに、耕さないことで土壌構造が守られ、水持ちがよくなり、自然のリズムに沿った農業が可能になる。そういった視点から今、世界中で注目されている環境再生型有機農業の一つだ。こうした営農の実践の中で、私たちが大切にしているのは「効率」よりも「調和」であり、「競争」よりも「共生」である。

この農法を選んだのは、流行でもなく、正義感や何か高尚な理念からというよりも、ただ純粋に「楽しい」と感じたからである。その感覚は今でも変わらない。楽しく、無理なく、自然とともに暮らす。その積み重ねが、結果として気候変動や健康な土壌への適応策にもなっているということを実感している。

このような営農を通じて、僕たちは「SOYSCREAM」というブランドを立ち上げた。不耕起栽培で育てた大豆を原料にしたアイスクリームである。この商品は、単なる加工品ではなく、僕たちの営農そのもの、ひいては土や季節、自然との関係性を伝える「メディア」でもあると考えている。

不耕起栽培は決して楽な道ではない。けれど、僕らはそれを「戦い」や「困難」とは捉えていない。日々変化する自然のリズムに身を委ね、草や虫、風や雨と対話しながら農を営む。その営みの中にこそ、人が本来持っていた感覚や暮らしの知恵が宿っていると信じているのだ。耕さない畑に実る小さな希望を見つけては、今もこうして人知れず発信を続けている。