草と共にある営みの中で

不耕起栽培を始めてから、草との関係が大きく変わった。基本的に草は「畑を管理する上での障害」として見られがちだが、僕の前ではまったく異なる存在としてそこに在る。

草は、土の表面を覆い、乾燥を防ぎ、土中の微生物が暮らしやすい環境を整えてくれる。そしてある種の草は、その根が深くまで伸び、土を耕すような働きを見せることすらある。耕す代わりに生えてくる草が、自然に土を整えてくれるのだ。これは、耕起を前提としない農法において、非常に示唆的な現象であると僕は考えている。

耕さないことで草が生えやすくなるという現象もあるが、それを「問題」とは捉えていない。むしろ、草が生えてこない状態のほうが問題であり、何かしらの異変を知らせていることである。そうしたサインに気づくことこそ、大切なのではないかと感じている。草の種類や育ち方から、土の状態や水分の有無、野菜の状態を観察しながら目に見えない微生物の動きを想像する。そして必要に応じて、手を添える。草と対峙するのではなく、草と対話するという感覚。それが、僕たちの耕さない畑での向き合い方である。

そのような感覚から僕らは「雑草」という言葉を使っていない。草には草の役割があり、人間の都合で分類される「害」と「益」の基準をいったん横に置き、すべての存在を「そこにある意味」として捉えることで自分自身のあり方や考え方を根本から変化させて日々の実践に落とし込んできた。

ある春の日のこと、はちいち農園の畑にはいつも通りお野菜と共存しながらびっしりと草が生えていた。周囲からはその景色を「管理が行き届いていない畑」と見られていたかもしれない。けれどもその角度からは決して見ることのできない世界が存在しているのだ。僕らはコミュニケーションによってそういった周囲の方々とも共存し、畑の草を生かすことによって、そこに住まう虫や微生物の働きを活かしながら、作物だけではなく畑全体が呼吸をしているかのようにデザインする。延いては地域社会との関係も良くなるということにつながり、耕さないことで草と虫と土と人の関係がより密接になるのだ。

土壌の再生に関して一つ具体的なストーリーを紹介したい。僕らの畑では秋に収穫したさつまいもの畝は冬の間草が生えづらく、表土があらわになっていることが多い。そこに田んぼにある未回収の稲藁を運び、厚めに敷き詰めてそのまま畝に寝かせておいた。春になってそこにじゃがいもを植え、その稲藁の上に更に刈草を敷き詰める。じゃがいの生育に合わせて株元にどっさりと草寄せしておくと、収穫までの除草の手間が省けたり、ミミズや虫たちが集まり、小さな生態系が生まれていく。そこには腐敗ではなく、発酵の香りが立ち上がり、土は潤いを保ち、コロコロとした団粒が形成され、命の循環が目に見えるかたちで蘇ってくるのだ。そして収穫量は過去最高の結果となった。この後は人参を播く予定だ。

こうした気づきは、僕たちの農業を「手段」から「関係性」へと変えていった。草を敵と見なさないことで、草と一緒に畑をつくっていくという発想が芽生える。その時、畑に立つ身体の緊張がふっとほどけたように感じたのを今でも覚えている。

この営みにおいて大切なのは、作物の輪作体系の中で常に自然と対話し続ける姿勢である。草の色や勢い、虫の量、風通し、土の香り──すべてがヒントであり、問いかけである。その問いにすぐに答えられなくても、ただ聞き続けること、応えようとすること。その繰り返しの中に、不耕起栽培という農と人との本当の関係が育っていくのかも知れない。

このような営農の中で、僕たちは「管理する」というよりも「共に暮らす」という感覚を大切にしている。草も虫も、畑の一部であり、時に仲間であり、時に先生でもある。彼らと過ごす中で、人間の思い通りにいかないことが多いということも、自然なこととして受け入れられるようになった。

不耕起栽培は、単なる技術や農法ではなく、むしろ「どのように自然と付き合っていくか」という哲学の実践であり、その実践は日々の観察と気づきの積み重ねによって支えられている。

草に教わったことは数え切れない。その姿勢、激しさ、しなやかさ、風に揺れ、雨に打たれ、土と共に根を張る。そんな草たちのたたずまいが、僕たちの営みに多くを語ってくれる。

この営みを次の世代に引き継いでいくには、まずは足元の自然に目を向けることから始まる。足元の草を見て、そこにある命の重なりを見て、畑という場が持つ多層的な豊かさに気づいていく。その積み重ねこそが、持続可能な農業を形づくると信じている。僕らは今日も草の中に立ち、耳を澄ませているのだ。