育つって、こんなにうれしい

畑で過ごす日々の中で、僕たちが何よりも胸を打たれる瞬間がある。それは、作物が芽を出し、葉を広げ、ぐんぐんと育っていく姿に出会うときだ。毎朝、畑に出て同じ場所を見ていても、「昨日よりちょっと大きくなったね」と思わず声をかけたくなる。そんな小さな変化に気づけることが、僕たちの何よりの喜びだ。

種をまく。芽が出る。茎が伸びる。つぼみが膨らむ。そして、実がなる。そのひとつひとつの過程が、僕たちにとってはまるで物語のようだ。まるで「いのち」が成長していくのを間近で見守らせてもらっているような気持ちになる。

作物の成長には、驚かされることばかりだ。ある日、キュウリの苗がようやくネットに手を伸ばしたと思ったら、次の日にはもう絡みついていたり。前日にぼかし肥料を撒いた雨上がりの翌朝、畝の間を歩くと、ナスの葉がピンと広がっていたり。まるで「育つ準備はできてるよ」とでも言うように、植物たちは自分たちのペースでのびのびと進んでいく。

不耕起栽培というやり方を選んでいると、どうしても「難しそう」とか「効率が悪いのでは」と言われることもある。でも、僕たちにとっては、土を耕さず、自然の流れに委ねることが、育ちゆく作物たちにとって最も無理のない環境だと感じている。耕さない分、草や虫とも関わりながら畑をつくっていく。そこに立ち会えることが、僕たちにとっての“豊かさ”なのだ。

収穫のときのうれしさも、また格別だ。

「木綿ちゃんこのナス、つやっつやだよ」「ピーマンの香り、すごいね」なんて言いながら、かごにひとつずつ収穫物を入れていく。その時間は、まるでお祭りのようでもあり、静かな感謝の時間でもある。「ありがとう」と何度も心の中でつぶやきながら、夢中で手を動かす。

それを食卓に並べるときも、またうれしい。野菜をそのまま蒸して食べるだけで、甘くて、香りが立って、身体の奥にすっと入っていくような感覚がある。育った場所も、土の香りも、収穫したときの風も、ぜんぶがその一皿の中にあるように感じられる。

僕たちが大切にしているのは、「収穫」そのものよりも、「育っていく過程」に立ち会えること。発芽のドキドキ、葉が茂っていくワクワク、実がついたときの感動。それらすべてが、“いのちと共にいる”という実感をもたらしてくれる。

土に種をまいて、風に揺れる葉を眺めて、実りの喜びをみんなで分かち合う。その時間が、畑という場所を特別なものにしている。だから今日も、僕たちは笑顔で畑に立つ。

「また、芽が出てるよ」

そんな一言が、僕たちの日々を輝かせてくれるのだ。